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ぎもん と いわかん

もう 終わったことだけど・・・

もう 終わったことだから・・・

 

もうすごく ものすごく 

嬉しくって 嬉しくって

しかも それは 本当に すごいことで

いや すごい という言葉なんかでは表せない

もっともっと まるで奇跡みたいなことを自分が出来た

瞬間に

4年後のことを 考えたり 出来るの かなぁ

 

誰にも迷惑をかけたり 傷つけたり 

悪いことをしてない

むしろ 

誰にも出来ないことを してるのに

どうして 謝らなきゃいけないん かなぁ

 

日々の生活にとって

何色 が 何個 って

そんなに 重要なんかなぁ

それは まるで

自分が もらったかのような

優越感が あるんかぁ

 

って いろいろ 違和感 有り過ぎなのに、

それを ちっとも 共有出来なさそうな

ことに 一番 違和感。

そして 私は 居心地が悪い。

 

 

その 興味、関心、情熱、、、 

この時の 終結力 ったら ものすごい。。。

どうして そっち側だけ なん?

それと同じくらいの エネルギーが

こっち側にも 向いてくれたら

きっと この社会は 簡単に 変わるんじゃないのか って

簡単に 思えちゃうくらい

すごい パワーを 持っているの だ ね。

 

ひとびと って。

 

みんな ちょっと 変だと 思ったりしないの?

違和感 かんじないの? って

のが

一番 聞きたい 私の 疑問 かも。

 

 

この前初めて知ったのだけど

 

”オリンピック競技大会は、個人種目または団体種目での選手間の競争であり、国家間の競争ではない。”

 

って オリンピック憲章に書いてあるんだよ!

 <オリンピック憲章>国際オリンピック委員会(IOC)によって採択されたオリンピズムの根本原則、規則、付属細則を成文化したもの。憲章はオリンピック・ムーブメントの組織、活動、運用の基準であり、かつオリンピック競技大会の開催の条件を定めるもの。

 

知ってた??!!!

 

うこ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  • 2016.08.25 Thursday
  • -

世界は言葉で出来ている って

あのね、 

私 文学とか そういうこと 

全然分からないんだけど

でも、 

いつも これを 聞くと(読むと)

すごく 文学だな って

        文学―”言語表現による芸術作品のこと”

言葉 の力 みたいなこと 

ありありと 実感する

そして ありがとうございます と

こういう風に こういう言葉で 

宣言してくれて ありがとうございます と 

思う 

 

と 同時に

宣言って  宣言って もっと 強いものじゃないの? って

 

宣言ー”個人・団体・国家などが、意見・方針などを外部に表明すること。”

 

宣言はもっと 尊重されたり みんなで考えたり するもんじゃないの? って

何だか 心もとなく なる  

 

 

私は 長崎平和宣言が 好きです って

宣言してみる。。。。

 

 

 

長 崎 平 和 宣 言

 

 核兵器は人間を壊す残酷な兵器です。

 1945年8月9日午前11時2分、米軍機が投下した一発の原子爆弾が、上空でさく裂した瞬間、 長崎の街に猛烈な爆風と熱線が襲いかかりました。あとには、黒焦げの亡骸、全身が焼けただれた人、内臓が飛び出した人、無数のガラス片が体に刺さり苦しむ人があふれ、長崎は地獄と化しました。

 原爆から放たれた放射線は人々の体を貫き、そのために引き起こされる病気や障害は、辛うじて生き残った人たちを今も苦しめています。

 核兵器は人間を壊し続ける残酷な兵器なのです。

 今年5月、アメリカの現職大統領として初めて、オバマ大統領が被爆地・広島を訪問しました。大統領は、その行動によって、自分の目と、耳と、心で感じることの大切さを世界に示しました。

 核兵器保有国をはじめとする各国のリーダーの皆さん、そして世界中の皆さん。長崎や広島に来てください。原子雲の下で人間に何が起きたのかを知ってください。事実を知ること、それこそが核兵器のない未来を考えるスタートラインです。

 

 今年、ジュネーブの国連欧州本部で、核軍縮交渉を前進させる法的な枠組みについて話し合う会議が開かれています。法的な議論を行う場ができたことは、大きな前進です。しかし、まもなく結果がまとめられるこの会議に、核兵器保有国は出席していません。そして、会議の中では、核兵器の抑止力に依存する国々と、核兵器禁止の交渉開始を主張する国々との対立が続いています。このままでは、核兵器廃絶への道筋を示すことができないまま、会議が閉会してしまいます。

 核兵器保有国のリーダーの皆さん、今からでも遅くはありません。この会議に出席し、議論に参加してください。

 国連、各国政府及び国会、NGOを含む市民社会に訴えます。核兵器廃絶に向けて、法的な議論を行う場を決して絶やしてはなりません。今年秋の国連総会で、核兵器のない世界の実現に向けた法的な枠組みに関する協議と交渉の場を設けてください。そして、人類社会の一員として、解決策を見出す努力を続けてください。

 核兵器保有国では、より高性能の核兵器に置き換える計画が進行中です。このままでは核兵器のない世界の実現がさらに遠のいてしまいます。

 今こそ、人類の未来を壊さないために、持てる限りの「英知」を結集してください。

 日本政府は、核兵器廃絶を訴えながらも、一方では核抑止力に依存する立場をとっています。この矛盾を超える方法として、非核三原則の法制化とともに、核抑止力に頼らない安全保障の枠組みである「北東アジア非核兵器地帯」の創設を検討してください。核兵器の非人道性をよく知る唯一の戦争被爆国として、非核兵器地帯という人類のひとつの「英知」を行動に移すリーダーシップを発揮してください。

 

 核兵器の歴史は、不信感の歴史です。

 国同士の不信の中で、より威力のある、より遠くに飛ぶ核兵器が開発されてきました。世界には未だに1万5千発以上もの核兵器が存在し、戦争、事故、テロなどにより、使われる危険が続いています。

 この流れを断ち切り、不信のサイクルを信頼のサイクルに転換するためにできることのひとつは、粘り強く信頼を生み続けることです。

 我が国は日本国憲法の平和の理念に基づき、人道支援など、世界に貢献することで信頼を広げようと努力してきました。ふたたび戦争をしないために、平和国家としての道をこれからも歩み続けなければなりません。

 市民社会の一員である私たち一人ひとりにも、できることがあります。国を越えて人と交わることで、言葉や文化、考え方の違いを理解し合い、身近に信頼を生み出すことです。オバマ大統領を温かく迎えた広島市民の姿もそれを表しています。市民社会の行動は、一つひとつは小さく見えても、国同士の信頼関係を築くための、強くかけがえのない礎となります。

 

 被爆から71年がたち、被爆者の平均年齢は80歳を越えました。世界が「被爆者のいない時代」を迎える日が少しずつ近づいています。戦争、そして戦争が生んだ被爆の体験をどう受け継いでいくかが、今、問われています。

 若い世代の皆さん、あなたたちが当たり前と感じる日常、例えば、お母さんの優しい手、お父さんの温かいまなざし、友だちとの会話、好きな人の笑顔…。そのすべてを奪い去ってしまうのが戦争です。

 戦争体験、被爆者の体験に、ぜひ一度耳を傾けてみてください。つらい経験を語ることは苦しいことです。それでも語ってくれるのは、未来の人たちを守りたいからだということを知ってください。

 長崎では、被爆者に代わって子どもや孫の世代が体験を語り伝える活動が始まっています。焼け残った城山小学校の校舎などを国の史跡として後世に残す活動も進んでいます。

 若い世代の皆さん、未来のために、過去に向き合う一歩を踏み出してみませんか。

 

 福島での原発事故から5年が経過しました。長崎は、放射能による苦しみを体験したまちとして、福島を応援し続けます。

 日本政府には、今なお原爆の後遺症に苦しむ被爆者のさらなる援護の充実とともに、被爆地域の拡大をはじめとする被爆体験者の一日も早い救済を強く求めます。

 原子爆弾で亡くなられた方々に心から追悼の意を捧げ、私たち長崎市民は、世界の人々とともに、核兵器廃絶と恒久平和の実現に力を尽くすことをここに宣言します。

                

2016年(平成28年)8月9日

長崎市長  田上 富久

 

 

誕生日

  • 2016.08.10 Wednesday
  • Θ

8月9日

気付いたら まる一年が 過ぎていました。

その間 多分 何だか もう 自分にとって 

必要がなかった から か 

この ブログ という所に 

何かを 書くことに ならなかったのだけど

ふと でも 強く ここに 書いておこう と 思った 

文章 を 読んだ

ので 開いたら

奇しくも ちょうど 一年前も 

同じ 時期でした。

 

 

 

「長崎の原爆の被爆者であり長崎医大の医師永井隆さんが、二児に残された遺言」 

 

いとし子よ。 

あの日イチビの実を皿に盛って、母の姿を待ちわびていた誠一(まこと)よ、かやのよ、 

お母さんはロザリオの鎖ひとつをこの世にとどめて、ついにこの世から姿を消してしまった。 

そなたたちの寄りすがりたい母を奪い去ったものはなんであるか。 

原子爆弾。いいえ、それは原子の塊である。 
そなたたちの母を殺すために原子が浦上にやってきたわけではない。 
そなたたちの母を、あの優しかった母を殺したのは、戦争である。 

戦争が長引くうちには、はじめ戦争をやりだしたときの名分なんかどこかに消えてしまい、 
戦争がすんだころには、勝った方も、負けた方も、

何の目的でこんな大騒ぎをしたのか、わからぬことさえある。 

そして生き残った人々はむごたらしい戦場の跡を眺め、口を揃えて「戦争はもうこりごりだ。
これきり戦争を永久にやめることにしよう」

・・そう叫んでおきながら、何年かたつうちに、いつしか心が変わり、何となくもやもやと
戦争がしたくなってくるのである。 

私たち日本国民は憲法において戦争をしないことに決めた。 

我が子よ。憲法で決めるだけならどんなことでも決められる。 

憲法はその条文通りに実行しなければならぬから、

日本人としてなかなか難しいところがあるのだ。 

どんなに難しくても、これは良い憲法だから、実行せねばならぬ。 
自分が実行するだけでなく、これを破ろうとする力を防がねばならぬ。 
これこそ戦争の惨禍に目覚めた本当の日本人の声なのだよ。 

しかし理屈はなんとでも付き、世論はどちらへもなびくものである。 

日本をめぐる国際情勢次第では、日本人の中から、

「憲法を改めて戦争放棄の条項を削れ」と叫ぶ声が出ないとも限らない。 
そしてその叫びにいかにももっともらしい理屈をつけて、世論を日本の再武装に引き付けるかもしれない。 

もしも日本が再武装するような時代になったら、その時こそ、誠一よ、かやのよ。 
たとえ最後の二人となっても、どんなののしりや暴力を受けても、きっぱりと戦争絶対反対を叫び続け、
叫び通しておくれ。 

敵が攻めだした時、武器が無かったら、みすみす皆殺しされてしまうではないか、と言う人が多いだろう。 

しかし、武器を持っているほうが果たして生き残るだろうか。 
武器を持たぬ無抵抗の者の方が生き残るだろうか。 

オオカミは鋭い牙を持っている。
それだから人間に滅ぼされてしまった。 

ところが鳩は何一つ武器を持っていない。
そして今に至るまで人間に愛されて、たくさん残って空を飛んでいる。 

愛で身を固め、愛で国を固め、愛で人類が手を握ってこそ、
平和で美しい世界が生まれてくるのだよ。 
  

永井隆記念館HP 

http://park10.wakwak.com/~cdc/nagasaki/nyokodou/ 

 

 

 


想像




始まった瞬間から 逃げたくてたまらなかった。
苦痛 過ぎた。衝撃だった。常に。 

自分。というものの存在の中に
何一つ 重なり合えるところを 見出せなかった。
何一つ 前向きに考えられるところを 見出せなかった。

こんな思いをしてまで 見なければいけないのか。
戦争の 残酷さ 過ち を 伝えるために
それ以外の方法では ダメなのか。。。 って
考えてしまった。 正直なところ。 見ている時は。

「現実はこんなもんじゃ ありませんから」 と 言われた。
地獄だな、、、 
でも 生きているから 地獄以上だな。

観終わってから
時間が経つうちに
見て良かった、、、 見るべきだった、、、 と
思い始めた。

見てない自分と これを見た後の自分は、
8月6日を迎えるにあたってとても違う気がした。

想像すること を ちゃんとするためには
やっぱり 知ること 体験することが
ものすごく 大きいって 
ここのところ 思っていたのだった。

まさに それを 実感した。
(と言っても、ただ 映画を見ただけではあるけれど) 

ものすごく 辛いです。
だけど そのことを やっぱり 
共有したい って 
色々 お話ししたいって 思う気持ちが
今は すごく あるので

皆さん 是非 見て下さい。

 

7月25日

マヤ歴

本当に
「時間を 外した日」 だった。
 
 
楽しも楽団

この世界中に

いま という

同じ時間が 存在している 
 
広田

けれど 

自分がいる ここ の時間しか

普通は 味わえない


小田

けれど

そんな 自分 とか ここ とか を

越えた いや 溶けた 
繋がった いや そもそも一つだった

ときの中に いたのか


時間

今でも ぼんやり 思い出して

味わえたり している 

それは そこに 自分が居合わせたことの

感謝と感動の 気持ち

神社

新しい年が 始まった そうだ

本当に 色んなものの

見え方が 変わってしまった かもしれない


千年

どうして 自分が そこに いたのか

不思議に思う けれど

ものすごく 

ありがとうございます


鹿肉


の気持ちが ふつふつふつ と

ずっと 沸いて います。

これからも 生きていく よてい ですので

よろしくお願いいたします。

 
  • 2015.07.31 Friday
  • -

さればとて

少女と申す者 誰も戦争(いくさ)ぎらひに候。
 
by 与謝野晶子

 
憲法 
  • 2015.07.27 Monday
  • Θ

こ と ば ?

6茶色の朝
「『茶色の朝』を迎えたくなければ、まず最初に私たちがなすべきこと
──それは なにかと問われれば、
“思考停止をやめること"だと私なら答えます。
なぜなら、 私たち『ふつうの人びと』にとっての最大の問題は、
社会のなかにファシズムや 全体主義につうじる現象が現れたとき、
それらに驚きや 疑問や違和感を感じ がらも、
さまざまな理由から、それらを“やり過ごしてしまう"ことにあるからです」 

(高橋哲哉『茶色の朝』〈フランク・パヴロフ著〉へのメッセージより) 


 

真に他者と手をつなぐために人は、常に個であらねばならない。集団で暴力をふるうことはできるが、非暴力は、個でなくては貫くことが出来ない。集団は人を取り囲むことはできるが、一人の人間を抱きしめることはできない。たとえ有志の大集団にあっても常に、人は、個であることを忘れてはならない。

  • 2015.07.26 Sunday
  • Θ

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