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想像




始まった瞬間から 逃げたくてたまらなかった。
苦痛 過ぎた。衝撃だった。常に。 

自分。というものの存在の中に
何一つ 重なり合えるところを 見出せなかった。
何一つ 前向きに考えられるところを 見出せなかった。

こんな思いをしてまで 見なければいけないのか。
戦争の 残酷さ 過ち を 伝えるために
それ以外の方法では ダメなのか。。。 って
考えてしまった。 正直なところ。 見ている時は。

「現実はこんなもんじゃ ありませんから」 と 言われた。
地獄だな、、、 
でも 生きているから 地獄以上だな。

観終わってから
時間が経つうちに
見て良かった、、、 見るべきだった、、、 と
思い始めた。

見てない自分と これを見た後の自分は、
8月6日を迎えるにあたってとても違う気がした。

想像すること を ちゃんとするためには
やっぱり 知ること 体験することが
ものすごく 大きいって 
ここのところ 思っていたのだった。

まさに それを 実感した。
(と言っても、ただ 映画を見ただけではあるけれど) 

ものすごく 辛いです。
だけど そのことを やっぱり 
共有したい って 
色々 お話ししたいって 思う気持ちが
今は すごく あるので

皆さん 是非 見て下さい。

 

世界はたくさん 人類はみな他人


「アラヤシキの住人たち」  本橋成一最新監督作品

エンドロールが流れ出したら
はっと 我に返って
えーーー 終わっちゃった。。。
もっと この世界にいたかったー。。。 って
思った。
 
ってことは きっと 今いる世界とは 別世界だったんだな。

みんなで 一緒に 朝ごはんから 食べる 共同生活。
そういう生活 いいなっ そういうの もうしてもいいかなって
 思っている自分が 意外だった。
本当は そういうの 苦手、嫌い なんだけど なぁ。

そう言えば、人と一緒に何かやること
もう あんまりしようと 思わない くせに
みんなで 一緒にご飯食べる!とか 映画見る! とか
そういうイベントしたがる自分がいる

って 話したら 
 意味わからんね、、、って 大体言われる。
自分でも
 おかしいな って 思ってた。
この違いは 何なのかな って ずっと 上手く説明出来なかった。

この前ね、何の話をしてたのかな。
結構 色んな 深く潜った話を 
静かに ゆっくり してたら
また この 「みんな」 と 「一人」の 話になって 
どうにか 説明しようとしたら 分かったのよ。
 
みんなで 同じ目的に向かって 何かするのは
何だか 身体が 拒否反応を 示してしまう。
今の 私は そこに 加わらなくても いいかな って
思っている 自分が いる。
でも 一緒に 何かを 共有したい って 強く思っているのは
 
それは そこには 一つの方向もゴールもなくて
バラバラで お互い全然別の方向向いてても 良い、
ただ みんなが そのままの姿で いる ってこと

の違いだーー  
 
って。
自分的に ものすごく 分かって スッキリしたんだけど
目の前で 聞きながら
よう分からんなぁ、、、 って
言われて。。。
また こんな もんよね。
人の世界って。

この映画のこと、、、
本当は 色々 一杯 感想とか 言いたいこととか あるけど

でも この映画 を 見て
自分が もしかして 目標 に したい ことが
もしかして 自分の 課題 を
教えて もらった 気が したのでした。

観れて 良かった。
ありがとうございました。
 

耳を澄ます

ガイヤ シンフォニー 


東ティモールのドキュメンタリー「カンタ!ティモール」の中では
人々の口から よく 精霊 って言葉が 出て来た。
それは 特別なことでも 特異なことでもなく
その世界では 本当に 人々と共に存在していた。

自分の住む 国とは 
全然ちがう 遠い国のことなんだと 
そんな ことが あったとしても 
遠い昔のことなんだと 思っていた。 

でも この映画を見ていたら
自分の住む くにの 今 でも
木の精霊の声に耳を傾け、尊び、敬い、
そして 向き合い続ける 
こうして共に生きている人が
いるんだってこと を
あらためて目の当たりにした。

精霊たちは 本当は
そこ ここ にいて
それを 私達は
通り過ぎているだけ
見てない 見えてない だけ
なんだ って 思った。

それは 
精霊たちは ここに いる ってこと と
いるから ちゃんと 向き合う っていうことの正しさ
両方を 知れた 嬉しさ と 気付き だった。

考えてたら
見えないモノ達だけど
まず それらが 存在出来る 
場所? 空間? 余白? が 必要なんだって
強く 思った。


この ガイヤ シンフォニー 第八章
私には めちゃくちゃ 面白かった。
観た後 
少し 救われた 様な
心強い 様な
ほっとした様な
でも 同時に自分も進んで行きたい様な
そんな気分で ずっといる。








バープー

 「ガンジー」の映画、是非見て! と教えてもらって
観たら、、、ものすごかったです。

ガンジーって非暴力の人ってイメージだったけど、
非暴力、非服従の人だったんだ ってことを
改めて 思い知った。
非暴力、非服従。この二つのセット。
考えれば考える程
考えても考えても
この上なく 強い。


印象的だったのが、
ガンジーの不買運動。
イギリス製品の綿製品を購入するのではなく
伝統的な手法で作られたインドの綿製品を着用することを呼びかけ、
自分でも綿を紡いでいた。
ガンジーが纏っているような服で
私も暮らしたく なった。
少しでも。。。
ガンジー =平和活動 みたいなイメージだったけど、
平和 ってそんなぼんやりしたものではないんだって。
一つ一つ選んで勝ち取って行くものなんだって
「経済」「労働」「民衆」そして「暮らし」
が密接に繋がっているんだってことを 再確認した。

それ以来 どこか自分の頭の片隅に
ガンジティーが いる気がして
本当に 見てよかった 。

それにしても 壮大な映画だったなぁ と思って
調べてみたら
なんと エキストラ30万人だって。

奇遇にも
カンタ!ティモール に通じるところがすごくあった。
結局 人間のやることは 何十年経っても変わらないのか。。。

そう言えば、ここでは 報告してなかったけど
ホオル→ という場所 始めます。
一番始めに カンタ!ティモール→って映画の上映会を します。





池田屋





自分で決める


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「忘れられた人々の 忘れられない物語」ーーーー

この言葉が ものすごく 突き刺さる。
生きるって 言葉が こんなにも
ズキズキ 来る。

とか 書くと ちょっと違う気になるけど。。。

今の社会において ほとんど抹殺されているかのような
 人々の暮らし、言葉、存在が
あまりにも リアルに存在していて
衝撃を受けている 。

この世界は 自分の生活は 
何かの 何者かの 犠牲によって
成り立っていることを せめて 忘れないでいたいと思っているけど
自分の想像を超えて 行く。

けれど、知った。
自分。

魂の問題って 言葉が
この映画の中で 発せられた時
ハ ッとした。





なななのか


野のなななのかの場面カット画像


ものすごい気迫と
そして危機感が
ゾクゾク伝わって来て、、、
決して見ていて心地のいい映画ではないけれど

見て見ぬ振りしてる
そこにある傷口が、
ちゃんとかさぶたが出来て、、、
いつか ポロって取れるように

今は、
ここだよ、、、って
突っついてる

そんな 映画。。。
だった。



ANY DAY NOW

 ちらし画像





人間 として 
生きること
それは 本当は やさしさ なのかも

やさしさ は
何にもない ところに
あるものなんだって ふと 思った時

自分の まわりに積み上げられた
目に見えない
色んな石のような塊が
見えて来た

ということは
ものすごく 大きな 出来事だった



いただきます

ある精肉店のはなし.   いのちを食べて いのちは生きる
纐纈あや監督






自分の普段の生活、、、のすぐ傍らにあるのに
何も知らない 無知のままであること にすら
気付いていない ことの 多さ。

最近思うことは、、、
「知る」こと、「知ろうとする」 ことの
重大さ。。。


食べること 
それは 生きること

とてもシンプルな繋がりが
とても 遠い関係になってしまっている 今

本当に 色んなことを 考え感じさせてくれる映画と
人々でした。

見れて良かった。 




 

現在無料公開されています。是非。

311から3年:わたしたちに「いま」できること 〜無料公開への思い〜 →
原発事故の悲劇、避難の苦しみを風化させないために、この映画をぜひ見てください。→ 監督:舩橋淳

記憶きおくきおく



フラッシュバックメモリーズ 3D
松江哲明監督


見ながら 私 これ すごく 好きだ と 思った。


伝える ことの
自分にとっての理想的な 形だった。



そして もう一度 このインタビューを読み返した。






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