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とても近い旅のはなし

気付いたら 2か月以上が 経過していました。
やっと ふと 落ち着いた気がしたので 
この空白の時間を 少し 埋めてみようと
思います。 

 
海岸


松山に住み始めて 始めて JR松山駅の 改札をくぐった日。
行先は 約30分もかからない 北条。(って松山市らしい)
すっごい 遠い国への旅の始まり。

 
仙人掌
まるで ゾウの足! のような
仙人掌(サボテンと読む)さま。
ちょうど 家主さんが帰って来たので聞いてみたら
20年は経っているとのこと。
寒くても全然大丈夫。ここは海辺だから潮に時々浸かるけど
それでも 元気にやっとるよ。

 
サボテン
て 聞いて、、、
何事も ほんとに 必要なのは 愛なんだーーー 
って 思った。
いや それさえあれば
何事も 充分なんだーーー
って 思った。





 
野の花

なぜか 本当に 分からないけど この三人で 会えたら いいな と 思ってた。


 
北条

ただ そこにいて 心地良くて
ただ ただ 話が 通じる 
それは 心が繋がってる 感じ? なのかな。。。
それぞれ 全然違うんだけど
そこにいる誰も 一ミリも無理してない ゆるやかな 時間 
 
春の花

年とか 
いつから 知ってるとか
どれくらい 知ってるとか
そんな こと もう 何にも関係ない 
関係

というより 存在同志

 
tower


どこから 来たか とか
いま ここが どこか でさえ
何にも 関係なくなって


辻

あー いい旅だったって
また 電車に乗って JR松山駅まで戻る
30分弱の時間に
思った よ



原宿


「人がやって来て、人に会うこと。
話をすること。
友達になること。
毎日の生活の中で、何となく気が付いているけど、
言葉にできないことを、言葉にして、
気がつきあうこと。」
そんな場所になるようにしよう。

      小沢健二「うさぎ!」より


 

日本の鬼が島というところ



かもめ


ハリウッド


カモメ


オニ


洞窟


まぼろし


瀬戸内海


パノラマ
 

小さな島のひみつ

 生まれ育った場所から
そう離れていないのに
一度も聞いたことのない島だった
もちろん 一度も訪れたことのない 島。

ウサギがたくさんいる という。
島内は車の立ち入りが出来ないという。
戦時中毒ガス工場だった場所で地図から抹消されていた場所だという。

その情報は
聞いても 全くピンと来なかった。

行ってみて分かったのは

数え切れないほどの野生のウサギが
そこらじゅう自由に生きている ということ。

道路もないほどの小さな小さな島で
車なんて必要のないこと。
(ウサギがいて危ないし)

全く知らなかった
私達日本人のかなしい歴史がここにある ということ。


当時、島の人達は、官営の工場が出来るとだけ聞かされ、
喜んでいた。
何も知らされず被毒した方々。
戦時中毒ガスで命を失った外国の方々。
そしてさらに現在にいたっても
遺棄されたままの毒ガスは
中国で被害を与えている。
そして、これらの事実が全く知らされていない現実。

隠された情報。
政治的策略。

あぁ 同じなんだな と 実感する。
いつまでたっても。。。

去年ほど、
情報の入手について
こんなに 重要に思ったことは
なかった。
けれど 今になって思うのは、
今まで 何も知らなさ過ぎた
何も 知ろうとしなさ過ぎた ってことで
今でも 何も知ってはいないけど
それに 気づけただけ 
良かった と思う。


この小さな島が持ってるような
ひみつは
あと どれくらい あるのだろ。



大久野島 毒ガスについてのHP



兎の島


大久野



うさぎ






大久野島


毒ガス


瀬戸内海


兎の楽園


大久野




毒ガス

























毒ガス島

山口と祝島の旅を思う 2

 自転車で走ってたら
日陰の路地に座ってるおばあちゃんに
「そんな暑いとこにおらんと 
ここにお座り〜 ここは涼しいんやから」
と 声をかけられた。
後で考えると 
自転車に乗ってる 
さらに 見知らぬ人へ 言う言葉とは
考えられない言葉だわ。 


山からの水が流れ出ているのを 発見して
「冷たーいっ」と触っていたら
その隣のうちのおばちゃんが 出て来て
「のどが乾いとんやったら お茶いれてあげよか」
と 言ってくれた。
始めは 「そんなそんな」と断わっていたら
「まぁ ここに お座んなさい」と
玄関先のベンチを勧められ
冷え冷えのびわ茶を持って来てくれた。
おまけに お気に入りのジュースまで 開けてくれた。
こんなことを するもんなんだ と
まるで 目からウロコだった。


小さな旅館の朝ごはん。
ずうっと 私たちの横で 色んな話をしていた
おかみさん。
ご飯が終って さて 今から 出かけます。
どうもありがとうございました。
って 旅館を出ようとしたら
「おかみさんが下の食堂に寄ってと 言いよります」
と言われたので 行ってみたら、、、
「お茶でも 飲んで行きな。
そう急いだこともないんじゃろう」と
冷たくて甘いレモンティーを
かわいいカップ&ソーサーで出してくれた。
たった今 チェックアウト(?)した 旅人を
いち早く呼び止めるその 強引さとあったかさに
やられてしまった。


この旅を振り返ってみると

「まあ ここに お座り」 

っていう言葉が
すごく 自分の中に 印象的に浮かんで来た。

「まあ ここに お座りなさい」って言葉は
最高級のおもてなしの 言葉なんだなぁ って
気付いた。

私がここにいて
あなたが ここにいる
そうやって 面と向かって お話しする
その場が ここにありますよ っていう 
とっておきの おもてなし。

座るってことは、
その人の近くで
腰を据えるってことで
ちょっとやそっとでは 居なくならない ってこと。

「お座り」と言われて
座って 話しをしていたら
立っていた時とは 違う
どこか 親近感がわいて来て
とっても 貴重な話が聞けた。
そのまま 立ち去っていたら
絶対に 出会わなかった 話。
 

「まあ ここに お座り」 

その言葉を考えていると
去年亡くなった 自分の祖母の姿も 思い出した。


あのおばあちゃんたちが

都会では、
立ち食い蕎麦、立ち食い寿司、立ち飲み居酒屋が
大繁盛 って知ったら 何と言うだろうか。

今では ほとんどのことを
メールで 伝えている って聞いたら
何と言うだろうか。

今まで 何とも思わなかった
その言葉
私たちの 生活から 姿を消してしまった その言葉が
とても とても 大きな意味のある言葉に
思えて来たのだった。



おばちゃん



  





山口と祝島の旅を思う 1


こんなに こんなに きれいな 海があって
こんなに 数え切れない 命がある その場所に

コンクリートを流し込む なんて。

まだ 原発を建るべきだと 言ってる人は
そして 何とも 思ってない人は

一度 行ってみると いいよ

ほんとうに。

その場に立っても
まだ そんなことを 言ってる人は

頭が おかしい としか
思えなかった 。

反対!と思ってる人も
行った方が いいよ。

小祝島
祝島から見える小祝島

行ってきた!

祝島何だか とてつもなく 
行きたくなって
そうしたら 
同じことを マッキン
思っていたので

それは 行くしかないっ!
こんな 嬉しいことはないっ!

祝島 に行ってきた。

3日間の山口への旅。
「岩国」
「祝島」
「柳井」 

あまりにも 
色んなことが あり過ぎて
あまりにも
色んな人に 会い過ぎて
あまりにも
いつもの生活と 違い過ぎて

帰って来てからも
まだ 余韻に浸っているのか、
軽いショックを受けたかのように、
とっても すごい
玉手箱を手に入れたみたいに、
何にも手に付けられないでいる 自分がいる

少しづつ、、、
ここに 書いて 行こう と
思う。。。


どうだった?
と聞かれたら
一言では

ただただ
めっちゃ 
楽しかった!

と答えている。


 


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