index

もくじへ





about

about





works

作ったもの




books

本のこと





things

形あるもの





『フタバから遠く離れて Nuclear Nation』



監督:舩橋淳



見ながら、、、、
何ていうか 何ていうか
どうして これを
こんなところで 見なきゃいけないんだろう 
どうして もっと 公に
もっと もっと たくさんの人が見る
テレビなんかで 
みんなで 共有しないんだろう 
って

そこが 一番の 問題のような 
気がして 
ならなかった

映画の後に 監督が出てきて トークして下さった時
東京近郊に住む我々の使う電気のために
双葉町の人たちは避難を強いられている。
原発っていうのは
そもそも かなり不平等にリスクを押し付けることで
成り立っているシステムであって、
すべての人が平等ーにリスクを負う様なシステムを作ることが出来れば
今の様なことになってなかったし、
その方法が見つけたいけど見つからない
と 言われていて

ほんとうに ほんとうに そうだなって
思った

やっぱり どうして どうして
一人の監督が 
こうして この小さな映画館の
多くない観客の前で
一生懸命 訴えなきゃいけない のか

どうしてどうして 
テレビや マスコミや 
もっともっと
ふつうのこと 
今起こっていること を 
ただ 伝えたり 考えたり しないのか 

分からん



こころ

想田和弘監督 映画『演劇1 演劇2』



この前 
酵母の講座で 生地をこねる時に
あんまり 心をこめない方が いい って
言われたこと

この前 本の教室でも
先生が
心を込めすぎちゃった時は
いいものが出来なかったりするんだよね って
話してたこと 

それがずっと 
私の心に印象深く残っていたところに

この映画。

平田オリザさんが

心なんて ないんだから、、、というような
話をしていて


心 って 
果たして 本当は必要なのか????

ってところを
ずーーーっと 考えている。

一応念の為言っておくと

心ない とか
心がこもってない とか
そういったレベルの話では 
ありません。

人間って?
脳って?
そして 優しさって?

っていうところまで 繋がって

そして いきなり 思考の視界が開けた

そんな 転換。


100万回

『ドキュメンタリー映画 100万回生きたねこ

出演 佐野洋子×監督 小谷忠典



「100万回生きたねこ」

この本には
外にはない何か異質な感情が
私の中にインプットされている。

中学一年生の時
ちょっと 怖い国語の先生が担任で、 
なぜか 
この絵本を教卓で 読み聞かせしてくれたことがあった。
それは授業だったのかホームルームの時間だったのか忘れてしまったけど
先生は読み進むに従って
一人感極まって 泣いていた。
震える声で読んでいた。
いや、もしかすると 私だけだったのかもしれないが
私はそれを見ながら ポカーン としていたのだった。
でも、きっとこの本は
そうとうな本なのだろう とその時
記憶されたのだった。

それ以外の佐野洋子の絵本は
なにか ぐっと来るものがあって
というより 
ぐっと心のどこかを掴まれるものがあって
好んでいたけど
この本だけは あの時の記憶のまま 
放置していた。

そしてこの映画は、、、
私は あまり好きではなかった。
この映画の中で、もちろん
あの絵本のことが出て来て
いろんな女性がそれぞれの 言葉で
話をしていて
やっと あの怖い担任の先生の涙の意味が
少し分かった気がした。
けど 
それは自分から出た答えではなかった。


この映画の中で

「私は知りたい。

死んでも憎みたい人が、これから先出てくるだろうか。」

という佐野洋子の言葉のナレーションが入る。
その言葉に一番 私には ぐっ と掴まれた ので
その引用の本
「死ぬ気まんまん」を 読んでみた。


映画の中で
ひょうひょうと話している佐野洋子の
姿と声が印象深く残っているのに、
今度はもうこの世にいない人の言葉として
静かに本が語っている。
それは
生と死とが 
何ていうか
ドロドロと同じように艶めかしく
存在しているような
緊張感がまだそこにはある不思議な体験だった。

そういう意味で
この映画は見て良かった のだ 
と 思った。




絶やしちゃいけね

 


「よみがえりのレシピ」

試写会に行ったのだけど
ものすごく 面白かった。
ずーーっと 前のめりで見てた。
最近、自分が関心がある世界がまさに描かれていて
見れて 本当に良かった と思った。

ただの野菜の一つ一つが
スクリーンを通してまでも
みずみずしさと
生命力を放っていた。

人が食べている姿を見るだけで
自分の顔が綻んでいるのを感じて おどろいた。



あるものは、あげる。
ないものは、もらう。
それだけ。
って かぶを作り続けているおばあちゃんが
話してた言葉に はっとした。

どの人も、食べた人が喜んでくれるから嬉しくってって
話していたのが 印象的だった。

この映画に出てくるおじいさんやおばあさんは
特別な人達だよな、、と
始めは思っていたけど、

ふと あぁ これが
この地球上に生きる生き物として
当たり前の生き方なのかな、、って。
人間として生きるってことなんだな って 気づいた。

だれも 
貨幣経済の中にはいなかった。

ドキュメント




映画「ドキュメント 灰野敬二」    白尾一博監督 


音楽 というより 音
イコール 生きる 
ってことに 
こんなにも 直結する人って
なかなか いない 

そうなった場合
音も
生も
別の次元にあるみたいだ

でも 
それが 
可能である ってこと
その存在を 
こうして 目で確かめられたことの
意味は
すごく 
大きい 
気がする

何だか よく分からないんだけど
何だか 上手く言葉に出来ないんだけど




まだ 間に合う

『この空の花』 大林宣彦監督作品


湾岸戦争の映像を ニュースで見た時
小学生だった私は
花火みたいだと 思った。
あの 明るい光が 
多くの人々を殺す核兵器だとは
想像がつかなかった。

それから 大人になって
自分で花火大会に行くようになって
私は花火に魅せられた。

イギリスに一年住んでいた時
何が恋しいかと言えば 花火だった
なくはないけど、
日本の花火と全然違った。

東京で住む様になって あちこちで開催されている花火大会に行った。
確か 最高記録 1年で8回とか、、、。
本当に私は花火が大好き なんだ って 
自分で思っていた。

夜空の下、
ひゅるひゅるひゅると上って行きドーン!と爆発する火の玉を見ているとき

世界中の爆弾を
花火に変えたらいいのに

って ずっと 思ってた。

あの 山下清さんも
同じことをを 言っていた と 知った。

戦争を知らない世代 という。
テレビでは、遠い国々で人々が血を流している映像が流れていた。

そして、2011年3月
広島の原爆の800倍もの放射能が降った。

先日、
戦時中、兵隊中の祖父が家にいる祖母に宛てた手紙、
それに祖母が書いた祖父への返事が発見された。
自分の全く知らない時代の
自分の知っている人達の言葉と現実に出会った。

今 こうしてここにいる 私。
色んなことが 混ざり合って
この映画を見ている間中
ずっと 涙が流れていた。






炎天下の空に ヘリコプターが飛んでいた。

「まだ戦争には間に合いますか?」

大きな音を見上げながら
映画を見終わって 
やっと意味が分かった この言葉が
私の中に 浮かんできた。

本当に 本当に
日本中の人に 
見てほしい と思う。

あ、世界中かも。



キリストが昼と夜を区別した?



『 眠れぬ夜の仕事図鑑』

映画の後のトークショーで
辻信一さんが
「夜ってのは もっと キラキラした存在だったんだよね」
って言われた言葉が
私の中で
ピーン と響いた。

そうだ、、、
まだ 幼かったころ、
暗くなったら 寝る時間で
深夜ってのは オバケの時間って
思ってた。
それは 本当に 自分が踏み入れることの出来ない
未知の世界だった。

今みたいに、いつの間にか
日が暮れて、夜になって
12時を過ぎても 特に何も思うこともなく
だらだらとそれまでの一日を続けていて
そして次の日が来てもぼんやりとしている。。。
昔は、時の流れが一続きではなかったなぁ。
すべての時間に
一つ一つ 意味があったなぁ って
改めて 考えた。

夜がいつの間にか
ちょっと明るい昼、
言ってみれば昼の植民地となっている 
って 指摘に

今の日本において
夜 の時間について
立ち止まって考えてみること って
実は すごく 大切かも 
と 気付かされた。

そして、 
キャンドルナイト!!!
っていう
私の中の 大きな課題が うまれたのだった。

この映画、
「いのちの食べ方」の監督。
「いのちの食べ方」見た時も
あまりの衝撃映像に
ショック状態が続いたけど、
こちらも 負けじと じわじわ 来る。

何か衝撃って
これが 現実 だってこと。
そして、それは自分の生活のすぐそばにあるってこと。


満月おばあちゃん

 モウモ『モゥモ チェンガ』   
・・・チベット望郷のものがたり 


どうしても
おばあちゃんに 惹かれるのは なんでだろうな。
それも しわくちゃな。
そして 有名でもなく 特別なことをしてるわけでもなく
ただ ただ 迎い来る日々を 生きている。

信仰、信じること、
生きること、
幸せ。

今の日本人が思っているそれらとは、
すべての尺度が違っていて
やっぱり どれだけ 私達は
ちゃちい世界にいるんだろうか と
改めて 思い知った。


上映後に 監督のお話があった。

「偶然の成り行きでチベットの人と関わる様になって
ずっと
日本人と顔も似ていて、共通点も多々あって
だけど どこかがすごく違う、、、。
それが何かずっと分からなかった。

でも、ある時ふと決定的な違いに気付いたんです。
彼らには
卑屈になることや
こび、へつらう ということが
一切ないんだということが」
という言葉がとても 印象的だった。

そして、私が「オロ」を見終わった時に感じた
今の日本と オロのいるチベットとの
全くかけ離れているのだけど
どこか 繋がり合う何かについて、
監督が書かれている記事を読んで
とても腑に落ちたのだった。

クランプアップと判断できる撮影が終わって編集に入ろうとするとき、
あの東北の大災害がやって来た。
その時、敗戦の8月のことが鮮やかに甦った。
「国が壊れる!」という感覚を10歳で体験していたのである。
3年前やみくもに <チベットの少年を主人公に映画を作りたい>と思ったのは、
<あの敗戦の8月のときの少年=自分にもう一度会いたい!>ということであったに違いない。
オロは今国破れて生きる10歳の少年なのである。
 
あの大地震、津波そして原発事故は多くの事実上の難民を生み出した。
ついこの前の記憶のように甦る70年前の敗戦の体験、
そして現在の難民の流出・・・
チベットと日本がそんなに遠いものでないことが実感として伝わってくるのである。
/text 岩佐寿弥 neoneo より

オロ

試写会にいきました。

olo

『オロ』 岩佐寿弥監督



かわいそう、とは、思わなかった。

ただ チベット人だというだけで
迫害を受けなければならず、
たったの6歳で一人インドへ亡命し、
今でも子ども村で暮らし勉強している 
状況は、自分には想像が出来ないくらい過酷なことだけど

でも 彼には
まるで家族の様に一緒に暮らす友達や大人はもちろん
周りに小川や山があって、
信仰する神がいて、
心の中にはずっと歌があって、、、。
なにより、この大地にしっかり立っていた。
生きる ってことの 一番 シンプルな姿勢。 
そこには 私たちの感じる
かなしさや さみしさは
ない 気がした。

何ていうか、、、、
いろんなモノであふれているけど
本当は大切なモノから切り離されて 生活してる
私たちの方が 
よっぽど 頼りなくて孤独だ
と思った。


この日本とチベットの人達。
すべてが違う状況だけど、
すごく自分とは遠い世界の出来事とは思わなかったのは、
顔の作りが似ているから、とか、、
同じアジア人として、、とかではなく、、 
本当は、日本にいる私達も、
同じように、この地球をシェアしていて、
自然と共に生きていて、という様なことを、
私が、少しでも感じるようになっているからかもしれないと気づいた。

おじさんが、オロに
「一生懸命勉強して、新しい人になるんだ」って言ってたけど、
本当に、、、
国境なんてない、新しい人達の地球が出来るといいな
というのは夢の様な話しではなく、
すごくリアリティを持って感じたのだった。

すごく面白かった。
また見たいし、みんな、見たらいいな

『ル・アーヴルの靴みがき』

アキ・カウリスマキ 大好き!!


<< | 2/5PAGES | >>