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ど・お・も ありがと!

想田監督トークショー からの 祝島旅発見

 『なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか』(講談社現代新書)刊行記念
想田和弘監督トークショー「カメラで〈目の前の世界〉をどう映すか?
  青山ブックセンターにて



「台本至上主義の破綻ですよね」
と 想田監督が言った。

“原発は安全だ”という台本のもと
ずっと 進んで来た。
そして、事故が起こってからも
予めあった“同心円状の避難”という台本から
離れられない。
放射能は台本通りには動かないのに。

想田監督の撮影スタイル は
台本なし、下調べなしの観察映画という手法。
少しでも台本の様なものがあった場合、
今起こっている現実と台本との整合性を確かめる作業が生じて
一番重要な 瞬時な対応が出来なくなるとも 話されていた。

そんな話を 興味深深で聞いていた 私の頭に
ポーンッ! と あることが 沸いてきた。

台本は、旅における ガイドブックだっ! 
この前の 山口−祝島の旅は、
ガイドブックも地図もなーんも持たずに 行った。
どころか、例えばオススメのお店とか
行きたいスポットとか 一切 なかった。
というのは、、、
どれも 手に入れられなかっただけなのだけど。。。
ほとんどの情報が皆無に等しかったから。。。

そう、よくよく考えてみると
ガイドブックに載ってる情報や、
ネットで誰かがオススメしてる情報は、
自分と趣味があって価値観も同じ人かどうかも分からない人が
発信しているわけで、
そもそも いつ誰が行っても 全く同じ状態である場所なんて 
ない はず 。

なのに、100%ガイドブックを信じて
その オススメコース通りに足を進めて
時々 掲載のお店に行きたいがために
とっても 無茶な動きをしたりする。

今回の旅は そんなものが なーんもなかったおかげで
ただ ただ そこに転がってるモノや
ただ ただ そこで 暮らしている人
ずぅーっと前から そこにある空気
そんな モノ達に目が行って 触れ合うことが 出来たのも
今までの旅と全然違った 要因かも! と
何だか 確信した のだった。

と同時に、旅の記録をここに 
書いて行こうと思っていたのは 断念することにしました。
あまりにも、多くのことがあり過ぎて
でもそれは 旅の期間、たったの三日間の出来事ではなく、
これからの 自分にとって
とても 大きな意味があることばかりで
この場には 限界がある気がしたのと、
書かなきゃっていう 台本は 
いらない気がしたからです なーんて、、、。


 「目の前の現実をボスに することですね」
とも監督が言った。
今一番大切なこと。

この言葉は、これから ずっと
胸にしまっておこう と思った。


台本主義。
この話を聞いてからというもの、
この社会、自分の周りに
うようよしている 台本が 一杯見えて来た。
本当に びっくりするくらい
見えない台本通りに 動いている よ。

“私のボスは目の前の現実です。”
と言えるようになったら すごいな。

あーーー こんなに長くなったのに
的確に言いたいことが 伝わってない気がして、、、
想田監督の話の上手さは
いつも 尊敬してしまう。


ブタさん

表裏一体

こんなに多くの人が、動いたのに、テレビや新聞ではほとんど報道されない、
その意味をちゃんと考えなきゃいけない。

そして今までスルーして来たことを、見直さなきゃいけない。

その裏に隠されてることを、覗こうとする気持ちと、
本当にほんとの自分の頭と心で考えることの大切さを、
すごく感じる 三ヶ月を過ぎたこの頃。








日本中で、世界中でこんなに動いてるのに、
なーんも知らん人、なーんも感じん人がおるのは、変だよ。


自分がこの前渋谷でのパレードに参加して
見ている周りの人達が
単なる群集に見えたのと 同じように
見ていた人達も
デモに参加してる人達のことを
単なる群集に見えてたんだ と
後になって 気付いた

当事者 と 部外者
被害者 と そうじゃない人 
との 分厚い 隔たり。
 
これが一番の 恐ろしい問題なのかも 


いっぽ

 程度の差はあるにしても
3ヶ月前に起こった現実を
非現実の出来事の様な恐怖として
私の身体は鮮明に記憶している。

14:46分
雨上がりの渋谷で 集まった人たちと
黙祷。
こうして、静かに 思うだけで
思い出すだけで
押さえきれない気持ちが
あふれて来る。

黙祷 の意味が
初めて分かった様な気持ちになった。

そこから 始まった エネルギーシフトパレード。
いつもの 渋谷の道路に
歌声や太鼓が鳴り響き
いっぱい気持ちの込められたお花や魚の人形やプラカードがゆらゆら ゆれてる光景は
とてもとても ピースフルに見えた。
と言うと 他のデモと比べると
ゆるい 行進だったかもしれないけど
いつもの 渋谷の街の方向とは明らかに違う
すごく大きなエネルギーが
違和感を称えながらそこに存在してた。

渋谷のスクランブル交差点を通過する時
ちょっと緊張した。
四方から 信号待ちをするものすごい数の人々がこっちを見ている。
それは、まるでテレビでよく見る様な
顔のないただの群衆だった。
いつも 自分もそこで信号待ちをしていて
逆側の風景を想像したこともなかった。

デモに参加しても、、、 とか
色々 考えや意見はあるけど
スクランブル交差点の真ん中を通過しながら
自分の足で歩いて行くこと の第一歩を 感じられた気がして
行って良かったと 思った日だった。 

エネルギーシフト








よろこび

開けたら
ふふふふ笑いが止まらない
父の野菜
野菜 



ホロホロチョウ

の卵を手に入れた。
(と言っても 買っただけだけど)

馬事公苑にお花見下見に行って
隣の植物園?の前の直売所で 見つけた。
農大の研究所で飼育されてる ホロホロ鳥の卵。
「この卵を割る時、茶碗の角にあてないで下さい。茶碗破損の恐れがあります。」 
って書かれてて。
本当に、びっくるするくらい 固い殻 と 厚い内側の膜。
黄身が大きくって、白身もかなり弾力がある。
だからか、ゆで卵みたいに 回すと くるくる まわった。

そして、もちろん、めっちゃおいしい。
卵食べてもっと食べたいって思ったの 初めてかも。
(小さいってのもあるけど、、、)
毎日 今日は この卵をどう食べようかを考え
いそいそと 調理し 心して 食べる
この特別感。

ホロホロトリさん 
ありがとう。
と まだ見ぬ方へ
思わず感謝してしまう 
ささやかな 出来事。

ホロホロ鳥

ドングリクッキー

ドングリクッキーマテバシイ  
→ 

マテバシイクッキー  
→ 

マテバシイ染め布  
→ 

スダジイ  
→ 

スダジイクッキー  
→ 

スダジイ染め布  
→ 


きのこクッキー







 ←おまけ 
 ← 毒キノコ風?! クッキー 
(本当は やさしい 味 ココア/きなこ/抹茶/紫芋)





ドングリ 回想


樫気づけば もうすぐ 冬 だった

そういえば いつも
大変な悲痛な思いで過ごす 秋の季節が
わくわく 過ぎて行った のは
ドングリ のおかげ だ と
気づいた












マテバ椎しかし おかげで 大忙し だった

外に出れば
あまりに 宝の多さに 目がくらみ
まっすぐ 進めない ほど










 

不思議だけど
こうやって、 
自然の中に入ってみると
こんなにも
動物と 植物と 
生命が 
時の流れに 沿って
生きてる ってのを 
ひしひし と感じる。

一歩 踏み入れるだけで
全然 違った世界が 
ほんの すぐ そこにあることに
気づかないで
乱暴な時の流れに乗ってしまってるんだなぁ と

思いました
収穫


気づけば これは ついこの間 の様だけど、
10月の末か

ドングリ 拾いに公園に行ったら
思わぬ 銀杏に遭遇して、
急遽開かれた、森のご飯会。


(メインディッユ)
ドングリ ご飯
ドングリ団子
取れたてほやほや 銀杏入りの茶碗蒸し

どんぐりだんごこんな会と
こんな会にほいほい 来てくれる友がいて
しあわせー
って 
かみしめた






熱情

情熱という名前のバラを
熱情をもって
撮影するひと











バラは あらゆる人を
くるわせるん だなぁ









“初恋”という名前の薔薇でした

初恋
こんなバラの花弁で出来たドレスなら
着てみたい

と 
意外な言葉を
思わず発したら

横にいた 
友達も
「うん 私も」

意外な言葉を
すんなり 発した

ただ それだけの
場が
とても 
何だか 尊かった






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